2019年12月26日

 

12月7日に行われたとりあえずやってみよう大学第四回の様子をお届けします!

台風19号により延期にとなった第二回講義は来年2月に調整中です。m(_ _)m

今回のゲスト講師は、MORIUMIUSの油井元太郎先生と、Readyforの米良先生です!まずはファシリテーターの巻組 渡邉さんによる今年の振り返りから始まりました。

 

 

今年は8月にスタートしたとりあえずやってみよう大学ですが、これまで6名の講師にお越しいただき、各回とてもインセンティブを受ける講義をいただきました。中でも前回行われた”世界ゆるスポーツ協会”の澤田さんと”はまのね”の亀山さんとの対談は渡邉さん自身も学びも刺激も最も受けた回として紹介されました。

 

次回のフィールドワークでは、実際に石巻でこれまで講師をしてくださった先生方と現地で実際にお会いしながらリアルな現場でお話をいただきます!

 

ここから話は講師の油井先生にバトンタッチ。MORIUMIUSでの活動や、それまでにどのようなチャレンジをしてきたかをお話しいただきます。

 


 

東京で生まれた油井さんは父親の仕事の関係で小学生時代をアメリカで過ごします。現地校に入った油井さんは、言語が出来ないことで苦労したり、勉強で絶対に勝てない人種がいたり、運動で絶対に勝てない人種がいたりと、小学生ながらに社会の壁を感じていました。 その後日本に戻ることになった油井さんは日本の教育にはあまり馴染めませんでした。そうした時期は音楽を聞くことで自分をリセットしてきたそうです。大学を視野に入れ始めた時に、改めてアメリカに戻りたいと強く思った油井さんは音楽の影響もあり、音響工学という日本にはない学問を学ぶためにアメリカの大学へ入学します。

 

 

その後ニューヨークで就職したましたが、ビザが取れずに悩んでいた所で知り合いの紹介で日本のテレビ局のニューヨーク支社に入社することになりました。そこではスポーツやモータースポーツの中継を担当し、ヤンキースの松井選手など有名な人達と数々の仕事を経験します。その後911テロを経験し、その影響もあってかアメリカにしがみつく必要も無いと考え日本に帰国しました。

 

日本に帰り、知り合いをたどり仕事を探している時にメキシコのテーマパークでありキッザニアを日本に導入するプロジェクトに出会います。キッザニアは子供サイズの町並みで子供が様々な職業体験ができる、子供が働く喜びを経験する場です。立ち上げメンバーとして2人出始めた導入プロジェクトの目標は40社のスポンサー、30億円の投資額、年間70万人の来場社数でした。テレビ業界にいた油井さんだったのでこの数字の大変さはとても良くわかりました。

 

キッザニアが完成するまで、スポンサーとのタイアップは難しい点でした。キッザニアに求めるリアリティがどのラインなのか、油井さん達もスポンサー側も分からず、対話を重ねて探って行きました。リアルすぎれば普段大人がやっているような仕事となり子供には難しく、逆に子供に寄り添いすぎれば子供が子供扱いされることを嫌がってしまいます。子供にとって何がベストな体験なのかを訴え続けたのが日本のキッザニアが成功した理由だと油井さんは語ります。

 

その時に頼ったのが、こども達です。キッザニアには「こども企画準備室」という子どもたちが企画に参加するグループがあります。実際に現場で一緒に実証実験をしたり、時には現場からなかなか伝わらない声を子どもたちがスポンサー企業の役員達に対してプレゼンをするということも有りました。子供から大人が学ぶことも非常に多く、相乗効果的にキッザニアのプログラムが良いものになっていきました。これらの経験から油井さんは子供のため、広くは地域のためになにか出来ないかと考えるようになりました。

 

東北とはこれまであまり縁がなかった油井さんですが、東日本大震災を経て、炊き出しをするために宮城県の沿岸部をめぐり始めたのがきっかけです。テロを経験していた油井さんは他人事とは思えず毎週末東北に駆けつけ、なにかできることはないかと探し回りました。 そうして出会ったのが雄勝町です。初めは雄勝中学校の校長先生と出会い、震災当時満足な食事が出来ていなかった状態の子ども達に、なんとか給食の時だけでも温かい美味しいごはんを食べさせてあげたいという校長先生の熱い思いに動かされ、お弁当を届けるようになりました。そこから発展し、塾がなくなってしまって高校進学ができるかどうかわからないという状況を見た油井さんたちはボランティアで学習塾も始めました。周りの知り合いに声をかけると支援したいという方も大量に現れ、支援を継続してきました。次に初めたのは、仮設住宅に暮らしていてなかなか雄勝町に帰ることが出来ないという子供たちを対象に、自分たちで子どもたちを迎えに行き、雄勝の家を借りて今のMORIUMIUSのようなことを初めたのが現在の活動のきっかけです。

 

 

活動を続ける中、今の活動拠点である旧桑浜小学校の廃校を地元の方から紹介されます。調べてみるとこの廃校の所有者は民間であり、そのオーナーさんから「震災復興・こどもの為に・雄勝のためになるのならばどうぞ使ってください」という言葉を頂き、トントン拍子で話が進み2013年にこの校舎を改修ことを決めました。油井さん自身も、この雄勝という場所は環境が素晴らしく、人を引きつっけるエネルギーを持っている場所で、こども達が楽しく活動するイメージが湧き上がり、このワクワクする場所でチャレンジしようと思い2013年にキッザニアを退社し、雄勝のために働き始めました。

 

まずはボランティアの皆さんと床や壁を取り払い、DIY的に修繕する作業から始めました。しかし、築90年ともなる木造校舎は中を見れば見るほど朽ちている場所が発見されます。これをそのまま修繕するとなるとかなりのお金がかかり、取り壊して新たにコンクリートの建物を建てるのも良くない事はわかっていました。いかに校舎の風景を残しつつ修繕していくかをポイントに集まってくれたボランティアや卒業生の方と共に動き出しました。

 

Facebookを通じて修繕風景を公開していると、ある日突然高知から神社などの修繕を行っているチームが駆けつけてくれました。彼らは持ち込んだ機材を使って校舎をジャッキアップし、なんと半年がかりで基礎を直してくれました。「お金は払えるようになったらで大丈夫だから」と職人達が毎日修繕を手伝ってくれます。インターネットを通じて情報発信をするだけで、こんな人達が来てくれるんだと、人が関わってくれる余白を創ることが大切だと感じました。それからもたくさんの著名な建築家や各専門分野の人達が駆けつけ、MORIUMIUSの計画の手助けをしてくれました。  

 

クラウドファンディングも初め、1年連続で毎月テーマを変えて12回行いました。1回の資金調達ごとにお風呂を作ったり、工房を作ったりと目的に透明性を持って公開し、見事12回連続でも苦行学を達成。毎月100人ほどの支援者が出資をしてくれてくださり、ボランティアで来てくれた人達やその知人たちがメインの出資者でした。おそらく12回連続で毎月クラウドファンディングを成功させたのは世界で油井さんだけでしょう。

 

その他にも様々な支援を経て、MORIUMIUSは完成。生活排水は自然浄化してすべて再利用できるようにしたり、教室は寝室や食堂となり、お風呂も完成しました。単に一次産業を体験するのではなく、自然の循環を学びます。森と海でとそこで暮らす人から自然と共に生きることを体験して学ぶ、サステナブルを意識しています。ゴミの概念ほとんど無く、ゴミ業者が回収するのはビンとペットボトル程度です。そして、震災から雄勝の人達がどう生きてきたかということを交流から学ぶことも子どもたちには大切だと考えます。 

 

また、たくさんの専門家の方々にもプログラムの中でお越しいただいていますMORIUMIUS側から関わる余白を作ったりプロジェクトを作って上げることで、普段ならば関わる余地がない人たちでもその余白を見て関わってくれるのです。ポイントは自分でやりすぎないこと。自分らしさを全面に出してぶつけるのではなく、いい協調性のもと同期して行くのが大切だと語ります。

 

http://moriumius.jp/

 

最後にこれまでの取り組みを振り返って、以下のようにまとめてくだり、講義は終了しました。

・自分の気持ちに素直でいる

・諦めなければいつか成功する

・考える<行動することで形になる

・頼り、巻き込むからこそインパクトが起きる

 


 

米良さんはオープニング会、第一回講義で先生をしてくださった、この大学ではおなじみの飯田さんの繋がりでお越しいただきました。米良さんが大学時代に飯田さんの以前の職場である広告代理店にインターンをしていることがきっかけで、その繋がりが今でも続いています。今回は米良さんと飯田さんの二人で対話的にREADYFORでの取り組みのお話をいただきました。

 

 

休日で少人数制の大学ということも有り、用意されたプレゼンを発表するよりはインタラクティブに話を広げて行きたいということで、プレゼンではなくREADYFORのサイトを見ながら講義は開始されました。

 

READYFORは2011年3月29日にサービスを開始した、日本初のクラウドファンディングサービスです 。

https://readyfor.jp/

 

お金の透明性をテクノロジーで見えるようにすることがクラウドファンディングの役割だと考え、現場にしっかりお金が流れるということが確信出来てから震災関連のプロジェクトへの関わりを始めました。

 

2011年5月に宮城大学の学生達がオフィスに訪れ、義援金としてお金を大量に預かっているが、現場になかなかお金が流れていないという話を聞きます。それをなんとかREADYFORを使って解決できないかと相談を受け、そこから震災関係のプロジェクトの支援をはじめました。

 

まだ日本ではクラウドファンディング自体が初めてのサービスで、当時は数十万円を集めるだけでも大変ねプジロジェクトでした。飯田さんも関わっているISHINOMAKI2.0でも当時クラウドファンディングを利用し、フリーペーパーを作ることが出来ました。

https://readyfor.jp/projects/voice1

 

2011年から2014年にかけて、約200件の震災関係プロジェクトを応援してきました。震災を経て単なる支援ではなく、震災から立ち上がるために何かを頑張りたいという気持ちをREADYFORでは応援し続けています。

 

2017年に米良さんはガンであることが診断され、7ヶ月仕事を休む機会がありました。これまで経営者として走り続けて来ましたが、改めて20代を振り返り未来を考える良い機会だったと語ります。その期間を経て、最近のクラウドファンディングでは医療や基礎研究に関するサポートのプロジェクトが多くなって来ました。また、短期的に成果が現れるようなプロジェクトだけでなく、長期的に見て成果が現れるような領域のプロジェクトも応援するようになりました。

 

これまでのクラウドファンディングは個人からチャレンジする人にお金を寄付する仕組みでしたが、今挑戦している事は企業とコラボレーションして企業からもお金をいただいて様々なプロジェクトを応援しています。そうすることで、社会に流れるお金の量を増やすことを目標としています。そういった部分にREADYFORの独自性がどんどん生まれて来ていると話します。

 

米良さんが起業したきっかけはまさに”とりあえずやってみよう”の精神でした。飯田さんの会社にインターンをしていた時にあるパラリンピック競技の監督からお金が集まらずなかなか活動が出来ないという相談を受け、投げ銭ができるWEBサービスを立ちあげました。そこでインターネットを通じて知らない人からお金を集めるということに魅力を感じました。アメリカに留学してクラウドファンディングの原型となるなる部分を勉強しました。

 

 

今ではかなり大きなプロジェクトも応援するようになったREADYFORですが、初めのきっかけはだれか一人を助けたい、隣人を応援したいという気持ちから始まったプロジェクトです。この仕組を利用してお金を集めると返済の義務は無く、あるとしてもお礼の品を送る程度です。ですが利用者の多くは出資をしてっくださった方々に恩を感じ、しっかりとした責任感をもって「もっとしっかりやらなければ」と奮起するそうです。

 

初めの一歩にもっと気軽に挑戦できるような社会にすることが自分の使命だと考え、大変ながらも経営に楽しく挑戦しています。気軽に初めの一歩を踏み出せる社会にすることで、初めからこの事業に賭けるといった挑み方ではなく、まずはやってみて、楽しいと思えてから本腰を入れるという事ができるようになればと考え米良さんは今日もチャレンジャーを応援し続けています。

 

ここからは油井さん、米良さん、飯田さん、渡邉さんの4人でトークセッションに移りました。通常講義でここまで豪華なのは、初めてかもしれません・・・!

 

 

次回のとりあえずやってみよう大学はいよいよ石巻でのフィールウドワークです!

2019年12月18日

 今回は、11月30日に行われた石巻版松下村塾、第二回フィールドワークの様子をお届けします!

 

ゲスト講師は”漁業をカッコよく”をテーマに活動されている、フィッシャーマンジャパンの長谷川琢也さんです。ハグクミではとりあえずやってみよう大学での講師としても活躍されています。

http://ishinomaki-iju.com/?p=2617

http://ishinomaki-iju.com/?p=2100

 

長谷川さんは生まれも育ちも石巻ではありませんが、関わりのきっかけは誕生日が3月11日であり、その誕生日に東日本大震災が起こったことです。いてたってもいられなくなった長谷川さんは石巻に駆けつけ、様々な支援を行いました。そこで今のフィッシャーマンジャパンの仲間たちと出会い、東北の人達が作った食べ物に支えられて生きていることに気づきます。

 

当時、ワカメに旬があることやワカメしゃぶしゃぶといった食べ方に感動した長谷川さんは会社の販促責任者という立場を使って、三陸のワカメを売ることをはじめました。初めはワカメを売りたいという気持ちをチームに伝えてもなかなか理解を得られず、デザインもどう工夫しても緑一色で映えないものになり、周りから”絶対に売れない”とまで言われていました。しかし、なんとか押し通して販売までこぎつけると、かなりの反響を呼び大きな売上をあげました。

 

ここで長谷川さんは、今まで知らなかった漁業の実態を知るだけでものが売れるということに気づき、インターネットは本当の意味ではまだ繋がっていないと深く感じました。

 

都会に住んでいる自分たちには生産者の大変さや、危険さが本当の意味では伝わらないと肌で感じることで価値観も大きく変わりました。以前は安売りでいかに利益を生み出すかを念頭においていたものを、絶対に値引きせず価値を上げるということを念頭に漁業・農業に携わる人達に言い聞かせています。

 

 

自分の役割は”繋ぐ”ことだと感じた長谷川さんは、様々な人達を巻き込み繋いで行きました。東北で商売から復興を狙う人達のための復興デパートメントや、バスで被災地をアテンドしたり、東北からお弁当を届けるサービスなど、数え切れない程です。そんな中、ふと漁師と出会い、漁業を手伝うようになったときに「カッコよくて稼げる漁師になって、次の世代に漁師を繋ぎたいし、日本の島国としてのアイデンティを残したい」と考え、漁業関係者の仲間たちと”FISHERMAN JAPAN”を立ち上げました。

 

日本では漁師の人数がどんどん減り、魚を食べる量も減って来ています。ですが世界的に見ると真逆で、漁獲量も魚を食べる量もどんどん増えてきている事に気づきます。

 

フィッシャーマンジャパンを立ち上げるにあたって、ミッション・ビジョンを明確に設定しして、腹落ちするまでしっかりと話し合うことが大切だと語りました。実際に立ち上げるにあたってもかなりの議論があり、その結果やめていった人達もいます。しかし、それをやってきたからこそ今も一つの団体として全員が協力しあう言霊となっています。フィッシャーマンという言葉も、この中で生まれました。

 

 

起業や事業起こしを行った後に大切なPRの点もお話しいただきました。実際に立ち上げただけでは誰からアプローチは来ません。その情報をいかに発信するかが大切になってきます。長谷川さんが活用すべきと話すのは、ローカルなメディアと超専門的なメディアに頼るという方法です。こういったメディアはネタを探していることが多いので、ネタを提供すると一面に載せてもらえることもあります。一面に載ると、そのメディアのWEB媒体にも掲載されることになり、検索エンジンにも影響を与え、声がかかるようになります。また、ローカル紙の一面に掲載されれば信頼性も上がって行くという、まさに一石何鳥にもなる活用方法です。

 

最後に、長谷川さんが生き方として大切にしている”あいうえお”で生きる事をご紹介いただきました。あいうえおとは”あい:愛、う:運、え:縁、お:恩”を指しています。これはリスペクトを持って、運と縁と大切に愛を持って物事をなすということです。

 

ここで長谷川さんの講義は終了し、質疑を挟んで漁師学校の様子を見に向かいました。

 


 

長谷川さんの講義が終了してからは、参加者の事業をブラッシュアップして行きます。今回は横山さんと佐々木さんのプランを聞き取り、参加者と塾長の亀山さんを交えてディスカッションを行いながらブラッシュアップがなされました。

 

 

塾長からもたくさんのアドバイスがあり、先日行われたとりあえずやってみよう大学の澤田先生との対談からもいくつものヒントが出されました。

http://ishinomaki-iju.com/?p=2686

 

この松下村塾を通して出来上がった事業は年度末の成果発表会の場で一般発表を行いますので、ぜひ聞きにいらしてください!

 

次回の松下村塾は合宿です!

 

 

2019年12月12日

石巻や近郊に今年来た新しい移住者、地域おこし協力隊、移住検討者、受け入れ事業者、そして地元民が地域を越えて集まり、交流しながら楽しく情報交換しあう、入場無料イベントを開催致します。

 

【詳細はこちらからも】

https://www.facebook.com/events/2587177631557628/

 

石巻市からの移住や地域おこし協力隊の施策の紹介などもありますので、移住関連の政策が気になっていた方も是非この機会にどうぞ。

石巻市地域おこし協力隊や受け入れ事業者をはじめ、東松島市、南三陸町の協力隊も巻き込んでの年内最後のイベント。

 

ご予約は不要、お振る舞い地場産品もございます。持ち込みも大歓迎です。

2019年12月12日

【出張コンシェルジュ】
12/15(日)11:30~14:00

「みやぎ移住フェア」に石巻市が出展いたします。

やはり東北のイメージは冬。
どのくらい寒いのか、どのくらい雪が降るのか、暮らしていくうえで何を用意したらいいのか…といった冬の暮らし方を、その地に住む自治体職員のリアルな暮らしぶりを通じて学ぶセミナーです。また、遊びや食など、宮城ならではの魅力を各自治体がご紹介します。石巻市からは移住コンシェルジュが出展し、皆様に冬の石巻の食・文化・暮らしをご紹介いたします。

▼プログラム
11:30~ オープニング

11:35~ 自治体PR「みやぎの冬暮らし」
各自治体がそれぞれの地域の冬の様子や暮らし方、文化、そこで感じる魅力や苦労など、実際に住むからこそのリアルな冬暮らしをお伝えします。

12:20~ 個別相談会
疑問や具体的な話を個別に話そう!

14:00 閉会

どなた様もお気軽に参加でき、密に相談できるイベントですので、移住やUターン、地域での起業・チャレンジをご検討の方はこの機会にぜひご来場ください。

お問い合わせ・お申し込み
「みやぎ移住サポートセンター」
営業時間:10時~18時 月・祝定休
TEL:090-1559-4714(相談員直通)
Mail:miyagi@furusatokaiki.net
主催 宮城県
共催:認定NPO法人ふるさと回帰支援センター

 

 

2019年12月12日

11月19日に行われたオモシロ不動産大作戦、第三回の様子をおとどけします!

 

今回のゲストは”1階づくりはまちづくり”をモットーに活躍されている株式会社グランドレベルの田中元子さんです。

 


 

 

●二度目の石巻

実は石巻に訪れるのは二回目という田中さん。初めていらっしゃったのは震災当時の2011年で、街には石ノ森萬画館という建物だけが残っているような状態でした。 久々に訪れた石巻の第一印象は「何だこの面白い街は」でした。全国的にこんな街になりたくて頑張っている。この街が育って来ているのと、人口が流出することにはタイムラグがあると思い、この調子で街が面白くなるのであれば絶対にどこかで人口流出が逆転すると確信していました。なにかやってもすぐ効果がなかったと諦めるのではなく、自分の信じることを続けいって欲しいという思いを伝え、講演はスタートしました。

 

人間の目線は昔から変わらない

建物はどんどん高くなり、地下にも進出する時代ですが、人間は高いところに飛べるようになったり、地下を透視できるようになった訳ではありません。人間は昔からずっと同じ目前、一階のあたりをメインに見て過ごしています。それを踏まえた上で、一階の風景を整えないと街が楽しいとはなかなか思えないと田中さんは考えます。今日の会場であるIRORIはまさに最高で、外からすべてを見通すことができるほど透き通った一階です。歩きながら、車に乗りながら通りすぎるだけで何をやっているかが一目瞭然です。仮にこのイベントを地下やビルの上の方でやっていたとしたら、誰もわかりません。街の見えない場所でたくさんのイベントをしていては、この街は何も変わらないと言われてしまうのも頷いてしまうでしょう。一階の風景こそ、街の風景そのものだと言えます。

 

グランドレベルとは?

株式会社グランドレベルは人のいる状態をいかに作るかを考えている会社です。グランドレベルとは一階、地と同じレベルのことを言います。田中さんはゴッホの”夜のカフェテラス”を例に上げました。おそらくこの風景は毎日の変わりない風景の一部だったでしょう。なぜこの風景を美しいと感じ、絵にしたいと思ったのか。それは人がいるからです。人がいるから光があり、会話があり、美しさが生まれます。もしこれが、シャッターと壁ばかりだったら絵にしたいと思えるでしょうか。

 

1キロ平方メートルあたり683人の賑やかさ

この数字を見て、にぎやかな街・寂しい街と判断できる人はなかなか少ないのではないでしょうか。これはデンマークのコペンハーゲンに次ぐ都市で、近年注目されているオーフスという都市の人口密度です。ちなみに、東京都深部の人口密度は1キロ平方メートルあたり1万人以上の場所もあります。日本でいうとう山形市が近い人口密度です。オーフスと検索すると、街中が人で溢れていて、大都市にいるような錯覚をしてしまいます。これは人々が過ごしやすく、外に出やすいように街が作り込まれているからです。1000人の人々が家の中にこもっているよりも100人がどこかに集まって食事をしていたり、楽しそうにしていたら、街の見え方は変わってくるのではないでしょうか。

 

 

モノで設計できる賑やかさ

賑やかであるためにどのような取り組みを行っているのでしょうか。意外なことに、モノの設計で人の意識は変わって行きます。周りを見渡せば、一階部分がほとんどお店になっていたり、川には手すりも無かったりと、なるべく人が魅力を感じられるような整備をしています。同じ国のコペンハーゲンでは車中心のまちづくりをやめるという宣言をしました。そこから街の至るところを人が歩く環境に整備し直しました。それと同じようなことをオーフスでも行いました。どのまちでも出来ないということはなく、日本人だからやこの街ではできなといったことは理由にならないことがわかります。

 

調査によると、一階を整備することで地元での買い物率が40%も変わってくるという調査結果が出てきました。その調査結果を聞き、ロンドン南東部の一部のエリアで街の一階を整えるということを実験的に施行してみたところ、歩行者数が93%増加、街で過ごす時間が216%増加、平均賃金が7.5%上昇、空き店舗率が17%減少しました。一階を整えるだけでビジネス・コミュニティ・賑わいなどの様々な観点から見ても素晴らしい結果を残しました。

 

グランドレベルを設立するまで

グランドレベルを始めるまでは建築に関する本を執筆したり、雑誌を作ったりという仕事をしてきました。10年間仕事を続ける中で、静かな仕事ではなくてもっとダイレクトに人々に何かを届ける仕事をしたいと思うようになりました。そんなことを思っていたある時、千代田区神田に現れた4000平米の土地で何かをやって欲しいというお話をもらいました。自分の好きなことをやろうと思い、キャンプ場としてイベントをすることにしました。都内の真ん中でキャンプ場を開いて、どれだけの人数が参加するか不安でしたが、当日はかなりの人数が訪れたそうです。キャンプだけではつまらないと考えた田中さんはその期間中に様々なイベントも同時に開催しました。ですが、キャンプそのものは成功したものの開催したイベントにはほとんど人は集まりませんでした。何故かと理由を考えた時に、キャンプはそこにあるもので能動的に自分たちで作り上げるということを楽しむものだと言うことに気が付きました。このきっかけから「自分だったら何をするか」という隙間をうまく作り、そこで何かをしたくなるという感性を大切にして行動を始めました。

 

それからしばらくして、オフィスの4階にバーカウンターをDIYで制作しました。バーカウンターを作ったから飲みに来てねと声をかけると、あれよあれよと人が集まって来ました。しかし田中さん自身はお酒は飲めず、よくわからないままなんとか試行錯誤しながら提供を始めます。もちろん勝手に初めたことなので代金はいただきません。ですが、今日は〇〇さんが来るからあのお酒用意しよう、お花も飾ってみようという意識が芽生え始め、気づいた時には趣味になり、他の場所でもパーソナル屋台として展開していきました。

 

 

喫茶ランドリー

それが転じて今の一階づくりのまちづくりを始めました。こういうことをやりますと周りに話をしていると、東京にあるビルのリノベーションをかけるから一階部分の相談に乗ってほしいという話がやってきます。田中さんは自由なくつろぎのある場所として、人の能動性を発揮できるような喫茶店”喫茶ランドリー”を始めました。そこでは飲食業をやりたかった訳でも、ランドリーをやりたかった訳でもなく、田中さんは私設の公民館を作りたいと思っていました。誰もが自由に使える空間を作り上げ、当時はオフィスとして使おうと思っていたオープンなテーブルは今ではほとんど街の人達が使っています。ミシンやランドリーがある理由は、家にいて一人で家事をするのではなく、この場所に集まって家事を話しながらするのも良いんじゃない?というアプローチから始まりました。

 

いろんな人が集まって来るようになった喫茶ランドリーは今では人が絶えません。イベントや企画などをどんどん街の人達が勝手に持ち込んでくれるようにまでなりました。様々な人達が楽しんでいる様々な風景をこれからも一階で表現して行きたいと語り、田中さんの講演は終了しました。

 


 

講演のあとは、田中さんも入っての物件マッチングタイムです。今回も様々なオモシロ物件が挙げられ、参加者同士も交流あふれる回となりました。

 

 

次回は2月22日開催。詳しくは下記ページを御覧ください。

https://nazoventour.wixsite.com/makigumi-1/blank-5