- 【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学 第3回 自分が作ったものから学ぶ学

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波線

【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学 第3回 自分が作ったものから学ぶ学

波線

11月17日に開催されたとりあえずやってみよう大学 第3回 自分が作ったものから学ぶ学をレポートします。

今回の講義名“自分が作ったものから学ぶ学”をつくってくださった電通の並河さんから講義名の説明からはじまりました。

ある社会人類学者の言葉でものを作るということはコレスポンダンス、日本語で”応答”と言っています。粘土で例えると、粘土の形をつくっていく上で自分の力で粘土の形を変え、その応答によって作品が作られています。人は思考を行い、その思考を作りながら応答を得てその繰り返しでものはできていくという思いを込めて今回の講義名”自分が作ったものから学ぶ学”と名付けたそうです。

今回の講師もお二人。まずはイシノマキ・ファームの高橋 由佳さんからお話いただきます。

 

 

高橋 由佳 氏
一般社団法人イシノマキファーム代表理事
宮城県仙台市出身。二輪メーカーにてモータースポーツ企画運営、自身もレースに参戦。その後、教育・福祉分野の専門職を経て、2011年、こころの病を持つ方々の就労・就学支援に特化したNPO法人Switchを設立。さらに2016年8月、石巻市北上町にて、一般社団法人イシノマキ・ファームを設立。地域のチカラ x 農業のチカラを通じた雇用の創出と、地域交流の担い手育成などソーシャルファームを理念とした事業を目指している。またホップファームの運営やクラフトビールの販売をはじめ、農業体験型宿泊施設「village AOYA」を運営。

 

 

仙台出身の高橋さんは11年ほど石巻で働いていました。保育園当時からやんちゃだった高橋さんは、その性格が幸と出てかレーシングカートの広告レーサーとしてレースに出ることに。そのレーシングチームでの経験が今起業をしてきている中、自分の哲学に繋がっていると語ります。レーサーとしての経験を経て、次に何の仕事をしようかと悩んでいるなか、教育分野のしごとに付きたいと考え始めまじめ、障害者をサポートする仕事に就きました。しかしレースの練習をしている時、怪我をしてしまい車を運転できなくなってしまいます。その後、自分で起業してみようというきっかけとなり起業家へ。農業的に地域の力を活かし、共生できる社会を生み出すイシノマキ・ファームを起てました。

https://www.ishinomaki-farm.com/

たまたまホップの株を植えないかという相談をもらい、植えてみたところうまく育ち、ビールを作って見ることに。石巻にエールを送ってもらったことから、石巻からエールを送ろうという意を込めて”巻風エール”が完成。実際に販売されています。これまでの経験から、これからは生産性を求めない生き方”共感”をもたらすような生き方をしていきたいと語ります。定年退職ということがなくなりつつある社会で、新しい働き方というのを模索していきたいと語ります。

 

 

 

 

続いて、長谷川さんからお話をいただきます。今回の講義を非常に楽しみにしていた長谷川さん。資料はなんと1GBを超える大きなものに。

長谷川 琢也 氏
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン事務局長
1977年3月11日生まれ。
自分の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあって東北に関わり始める。石巻に移り住み、石巻を拠点に被災地や東京をうろうろしながら東北の人たちとビジネスを立ち上げる最中、震災復興を超え、漁業の未来をみつめる漁師たちと出会う。漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変え、担い手があとをたたないようにするために、地域や職種を超えた漁師集団フィッシャーマン・ジャパンを立ち上げる。県内や県外から漁業従事者の担い手を増やす「TRITON PROJECT」や、民間企業を巻き込んで漁業のイメージを変えるプロジェクト、国際認証取得を目指す試み、生産者と消費者を繋ぐための飲食店事業など、漁師たちと共に未来の漁業を創るべく、奮闘中。

 

 

長谷川さんが縁もゆかりもなかった石巻に来た理由は誕生日が震災と同じ3月11日で、いてもたってもいられなりボランティアから開始したそうです。 まさに”とりあえずやってみよう”と”Don’t think Feel”の精神でこれまでの人生を歩んでこられました。震災前は大手IT企業にて販促の責任者についていました。当時安く在庫を売るということを念頭に仕事を続けていましたが、石巻に来るようになり漁業の大変さ・危険性を感じとり、安くせず価値を上げる事を考えるようになりました。いままで当たり前と思っていたことが、実際の現場に行ってみるととても辛いことがわかり、もっと都会の人間にも発信したいと考えました。初めに行ったのは石巻のわかめをインターネットショップで販売すること。”わかめなんてデザインも生えないし、絶対売れない”と言われ続けていたが、なんとか押し通して販売までこぎつけました。するとかなりの反響を呼び、売上になったそうです。

今まで知らなかった漁業の実態を知るだけでものが売れるということもあり、インターネットは本当の意味ではまだ繋がっていないと深く感じました。

 

 

その後も様々なプロジェクトを立ち上げ、地方活性化に取り組みました。
1年ほどたった頃、東京では震災の記憶は風化し忘れ去られていましたが、長谷川さんは東北に足繁く通い続け様々な支援を行っていました。思うところがあり、現職をやめようかと思っていたときに社長が交代。情報技術で震災復興の課題解決事業をやりたいと仲間と2人で駆け込み、石巻事業所を建てることが決定。そして家族と共に東北へ転勤します。

石巻に来てからは様々なことに爆速で取り組み、お弁当を作ったり、バスガイドをしたり、著名人のアテンドなど様々な事を行っていました。

また、毎年自社のページにて震災を風化させないために3月11日に被災地の現状を知ってもらうページを作ったり、東北最大のサイクリングイベント、ツールド東北なども石巻支社で生まれました。

そんな中、漁師と出会い漁業を手伝うことになったとき「かっこよくて稼げる漁師になって次の世代に漁業をつなげたい」と考え、”FISHERMAN JAPAN”を立ち上げました。

https://fishermanjapan.com/

漁師の人数もっていたり自給率も下がり続け日本人が魚を食べなくなっているなか、世界的に見ると魚を食べる量は上がっており、漁獲量も増えているということに気づきます。

3Kを新しい3Kに置き換え”カッコいい、稼げる、革新的”とし、10年後の2024年までに三陸に多様な能力をもつ新しい職種「フィッシャーマン」を1000人増やすことをビジョンとして掲げています。

都会では存在が歯車になりがちですが、都会での経験を活かし地方に来た人はいろんな人を巻き込めるエンジンになれる可能性が非常に高いです。そして、一度エンジンになった歯車はとても強くまた都会に帰ったとしてもその力、つまり生きるチカラは衰えることはありません。

“気がついたら都会を抜いていた”、”地域で生まれと事が都会で良いとイイと言われる”、本質的なのは地域で行われています。優秀な人ほど東京にいないという時代がもうすぐそこに来ています。

最後に2つ、長谷川さんが生き方の中で大切にしていることをご紹介いただきました。
1つめは”あいうえお”で生きること。あいは愛、うは運、えは縁、おは恩。この4つを交えて、なんのために、だれのために、何をしたいのか?ということを念頭において自分の心に正直生きることです。
2つめは”枠も壁もハードルも気にするな”。初対面では人の背景や、やっていることなどはすぐに分からず、決めつけて壁や枠を勝手に作ってしまうことがあります。そういったことを取り払って気軽に巻き込んでいく事によってスピーディで垣根のない関わりができるといいます。

 

この後は講師のお二方を交えて質問とクロストークを行い、懇親会に移りました。

 

次回のとりあずやってみよう大学あ12月16日 “自分のB面を活かす学”です。

詳しくは下記公式ホームページをご覧ください。
http://ishinomaki-iju.com/udtf/