イベント情報 - 【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学 第4回

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波線

【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学 第4回

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とりあえずやってみよう大学 第4回が12月16日に開催されました。

今年度東京で行われているとりあえずやってみよう大学は今回が最終回。卒業式の日でした。最後の講義を担当してくださる講師の先生は、Genslerの飯田 昭雄さんと、Tree Tree Ishinomakiの林 貴俊さんです。

今回の講義内容は”自分のB面を活かす学”。まずは飯田さんから講義をいただきます。

 

飯田 昭雄 氏
Gensler

美大生時代、勅使川原三郎氏のダンスカンパニー「KARAS」の立ち上げメンバーとして、山口小夜子と共にパリを始め国内外で活躍。2000年代初頭から「Wieden+Kennedy Tokyo」にてアートバイヤーとして活動する中、東日本大震災後、宮城県石巻市において一般社団法人ISHINOMAKI2.0 を地元と東京の仲間と共に立ち上げる。現在、アメリカ最大の建築設計会社「Gensler」においてクリエイティブプロデューサーとして在籍中。建築のことを考える毎日に興奮している。

 

B面とは普段の仕出していない、自分の強みなどではないかと語ります。飯田さんはなんと今年51歳にして広告業界から建築業界へ転職。広告について考える生活から、建築を考える生活に一変しました。今は世界的な建築設計会社でクリエイティブプロデューサーとして活躍されています。

飯田さん自身、大学では建築を専攻していたそうです。しかし、キャリアは全く別の分野からのスタート。四半世紀を経て建築へ戻ってきました。改めて考えてみると自分がたどってきた学びが全て繋がっていたということに気づいたそうです。

 

 

今は建築の中での体験、経験、気持ちに訴えかけるような事にチャレンジしているそうです。

この講義を担当するにあたって、改めて自分の人生を振り返ってくださいました。青森県八戸市出身の飯田さんは理工学的な建築ではなく、自由な建築を学ぶために東京の美大へ入学します。そこで演劇と出会い、ある世界的なダンサーのもとへ大学そっちのけで通い始め、大学では学ぶことのできない世界レベルの圧倒的美意識、それらを達成するための集中力や献身力を肌で感じます。卒業時、まだ世間はバブルで大きな会社に入ることがステータスという雰囲気になっていました。もっと楽しく自由に建築をやりたいという意識があり、それができないのならばと好きだった雑誌編集の道へ進みます。

雑誌編集を初めた当時は紙ベースで制作を行っているところも少なくなく、アナログとデジタルが融合し始めた時代でした。経験を積み重ねていくなかで、”編集する”ということはただ単に紙媒体を作る行為ではなく、”人を編集する”行為であると感じたそうです。

しだいに紙媒体、いわゆる2Dの編集から、ギャラリー・3Dで空間を実際に作るとうことをしていくように。その中で、飯田さんの仕事も編集と、その先にあった”キュレーション”という行為へ変わっていきます。

キュレーションを行っていく中で、アーティストをもっと世に出したい、どうして世にうまく出してあげられないのか、というもどかしさが生まれてきます。そうして広告業界ならば何かできるかもしれないと思い、当時ギャラリーへ足を運んでいた人の言葉も受けて大手クリエイティブエージェンシーに転職。

ここから飯田さんのアートバイヤーとしてのキャリアがスタートします。アーティストをどう広告につなげるかを日々考え、どう世に広めて行くかということを続けて行きました。これまでのキュレーションを行ったりギャラリーを開いてきたという経験が、広告業界で点と点が線になる少しずつ感覚を感じたそうです。

アートと広告業界をつなげ、アーティストを世に広めて行くということが世界を広げているという感覚が生まれ始めていました。

そんな中、2011年3月11日。東日本大震災が発生。実家の八戸とも連絡は取れず、不安な状況が続きました。1ヶ月ほど経ち、ようやく宮城へ行けるようになった頃に仙台・石巻へ救援物資を大量に持って仲間と駆けつけました。震災発生から情報収集をしていた飯田さんはライフラインはある程度問題なくなったということを事前に確認しており、かつ子供向けのおもちゃなどが無いということが問題だということもキャッチしており、そのおもちゃたちは大変喜ばれたそうです。

この時、気持ちばかりが先走って行動していたものが、しっかりと受け入れられた時、この場所で何かできるかもしれないと感じました。

同時に広告で何もできなかったと感じ、当時の職を退職。

石巻に何度も通い、夜な夜なこれから石巻をどいいう街にしていくかという会議をしていました。災害を受けて、単純に考えればマイナスになってしまった街をどう変えていくかという会議に参加するなかとてつもない衝撃を受け、ここで何かしていきたいと決めました。何もなくなってしまった街を盛り上げるというのはワクワクする事もありたくさんのことにチャレンジしていきました。挑戦することが全て新しいことと知ってしまったメンバーは気づいたときにはチャレンジして失敗するということに何も恐れをかんじなくなっていました。

この”何もない”ところから”何か”を生み出す、クリエイティブするという未知なる体験が飯田さんの中に力強く残りました。

この経験と原動力をもとに、もっとデジタルが必要だと感じ最新の現場で勉強するためにデジタルエージェンシーに再就職。ここでもアートとデジタルをつなげるため活躍します。また、オフィスのクリエイティブを担当し、 オフィスの空間作りに力を入れていました。後から気づいたことはここで行っているほとんどのことは無意識的に建築に繋がっているということです。

自分の仕事をデザインをするということは、自分の人生をデザインすること。自分なりのコツで言うと、あえて自分から一番離れた世界に触れてみること。

今回の講義を通しての新たな発見は、B面というのは無いのではないかという事。B面はあるかもしれないがBを突き詰めるとBが自分になるし、Aを突き詰めればAが自分になる。つまりどの部分を突き詰めても自分を介して全てが円のように繋がって1つにつながるということ。”全てはあなたの中にある”という言葉を最後にいただき飯田さんの講義は終了です。

 

次はTree Tree Ishinomakiの林さんです。

 

 

林 貴俊 氏
Tree Tree Ishinomaki
有限会社 林屋呉服店
株式会社 街づくりまんぼう 取締役

 

老舗呉服店の息子として石巻に生まれる。石巻高から東北学院大学経済学科へ。卒業後は契約型の事務等で学校や公所に勤務。平成19年に家業である呉服店、(有)林屋呉服店入社。震災前は商店街組合の事業委員として商店街のにぎわい創出活動をし、震災後は街づくり団体やNPO等の活動に協力する。その活動で広がった人脈にも力を借りながら平成27年3月11日こけしの製作販売「Tree Tree Ishinomaki」を呉服店の一事業として開始。

 

宮城県で10年ほど働き、その後俳優を目指して状況した林さん。石巻の代表的なお祭り”石巻川開き祭り”で帰省した際に祭りを手伝いをする中、商店街でたくさん協力しあっている光景を目の当たりにして「いい街だな」を思い石巻へUターン。実家の呉服屋に見習いとして入店します。

当時、石巻の商店街は地方にありがちなシャッター商店街で、それをなんとかしたいと様々な行動を起こしたそうです。そんな中東日本大震災が発生し、商店街そのものが大ダメージを受けました。車で10分程行けば大手複合商業施設もあり、ほとんど地元のお客さんは来なくなってしまいました。しかし、代わりに震災後の盛り上がりをキャッチした企業の人達が視察という名目で地元商店街によく来るようになりました。しかし、林さんの呉服屋さんは高額な商品が多く、ふと寄って買えるような商品は少なく、非常にもったいないと感じていたそうです。

そんな時”こけしを作ろう”と思ったそうです。

林さんの作るこけしはよく見かける伝統的なこけしではなく、創作こけしという部類のものです。石巻こけしのスタンダードは赤と青と白のトリコロールカラー、水や魚をイメージしたもので、高さは9~12cmと普段見かけるものと比べると非常に小さく可愛らしいです。

その他にも様々な創作こけしを制作されていて、頭にタコが乗った形があったり、ロボットが乗った形など、今まで見たことも無いような遊び心溢れたこけしがたくさんあります。

こけしは制作だけにとどまらず、ホテル雅叙園東京という東京都の登録有形文化財に登録されているような場所の100段階段に99点のこけしを布団をかけて寝させるというとてもユニークな展示を行いました。

また、様々な芸能人がこけしを求めて工房を訪れる方もいらっしゃるそうです。また、テレビのセットにこけしが置かれたり、ドラマのセットに使われたりと、テレビにも多数出現しております。

こけしは制作するだけでなく、絵付け体験などの制作の一部を体験できるようにもしているそうです。

 

https://www.treetreeishinomaki.com/

 

こけしを始めると決めてからは、使ったことのない道具を通販で購入しyoutubeで作業動画を見たり、実際の職人の工房を訪ねたそうです。しかし、職人はなかなか技術は教えてくれることはなく、作ることもあまり薦められませんでした。石巻こけしを今の体制までもってくるまで、伝えられないような相当な努力があったことが伺えます。

地域コミュニティへ顔をだし、地域のコミュニティへ積極的に参加し、少しずつでも輪を広げて行くことが大切だと語ります。この輪を広げて、人との繋がりを広げてきたからこそ石巻こけしをここまで広めて来られたそうです。

最後にまとめを頂き、終了になりました。
1.寝る間を惜しんででも楽しくなるようなことに取り組もう!
2.友達や仲間を大事にしよう!
3.失敗したってイインです!

 

 

そして、本日は卒業式ということもあり、卒業証書が受講生の皆さんに授与去れます。普段では味わえないような講座が盛りだくさんのとりあえずやってみよう大学。この市民大学での経験を是非様々な場面で活かしてもらえればと思います。

 

 

最後に集合写真を撮影。これにて今年度のとりあえずやってみよう大学は終了です。

 

 

そして、次回は課外授業。石巻でのフィールドワークを1月26,27日に行います。