イベント情報 - 【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学2019 第4回 一人でできないことはみんなで達成する学

「石巻を選ぶ」-石巻、くらし方ガイド- – このサイトは石巻に移住を検討しているあなたへ向けたメッセージです。移住するなら誰もが気にする話を、具体例を交えて紹介しています。

波線

【イベントレポート】とりあえずやってみよう大学2019 第4回 一人でできないことはみんなで達成する学

波線

 

12月7日に行われたとりあえずやってみよう大学第四回の様子をお届けします!

台風19号により延期にとなった第二回講義は来年2月に調整中です。m(_ _)m

今回のゲスト講師は、MORIUMIUSの油井元太郎先生と、Readyforの米良先生です!まずはファシリテーターの巻組 渡邉さんによる今年の振り返りから始まりました。

 

 

今年は8月にスタートしたとりあえずやってみよう大学ですが、これまで6名の講師にお越しいただき、各回とてもインセンティブを受ける講義をいただきました。中でも前回行われた”世界ゆるスポーツ協会”の澤田さんと”はまのね”の亀山さんとの対談は渡邉さん自身も学びも刺激も最も受けた回として紹介されました。

 

次回のフィールドワークでは、実際に石巻でこれまで講師をしてくださった先生方と現地で実際にお会いしながらリアルな現場でお話をいただきます!

 

ここから話は講師の油井先生にバトンタッチ。MORIUMIUSでの活動や、それまでにどのようなチャレンジをしてきたかをお話しいただきます。

 


 

東京で生まれた油井さんは父親の仕事の関係で小学生時代をアメリカで過ごします。現地校に入った油井さんは、言語が出来ないことで苦労したり、勉強で絶対に勝てない人種がいたり、運動で絶対に勝てない人種がいたりと、小学生ながらに社会の壁を感じていました。 その後日本に戻ることになった油井さんは日本の教育にはあまり馴染めませんでした。そうした時期は音楽を聞くことで自分をリセットしてきたそうです。大学を視野に入れ始めた時に、改めてアメリカに戻りたいと強く思った油井さんは音楽の影響もあり、音響工学という日本にはない学問を学ぶためにアメリカの大学へ入学します。

 

 

その後ニューヨークで就職したましたが、ビザが取れずに悩んでいた所で知り合いの紹介で日本のテレビ局のニューヨーク支社に入社することになりました。そこではスポーツやモータースポーツの中継を担当し、ヤンキースの松井選手など有名な人達と数々の仕事を経験します。その後911テロを経験し、その影響もあってかアメリカにしがみつく必要も無いと考え日本に帰国しました。

 

日本に帰り、知り合いをたどり仕事を探している時にメキシコのテーマパークでありキッザニアを日本に導入するプロジェクトに出会います。キッザニアは子供サイズの町並みで子供が様々な職業体験ができる、子供が働く喜びを経験する場です。立ち上げメンバーとして2人出始めた導入プロジェクトの目標は40社のスポンサー、30億円の投資額、年間70万人の来場社数でした。テレビ業界にいた油井さんだったのでこの数字の大変さはとても良くわかりました。

 

キッザニアが完成するまで、スポンサーとのタイアップは難しい点でした。キッザニアに求めるリアリティがどのラインなのか、油井さん達もスポンサー側も分からず、対話を重ねて探って行きました。リアルすぎれば普段大人がやっているような仕事となり子供には難しく、逆に子供に寄り添いすぎれば子供が子供扱いされることを嫌がってしまいます。子供にとって何がベストな体験なのかを訴え続けたのが日本のキッザニアが成功した理由だと油井さんは語ります。

 

その時に頼ったのが、こども達です。キッザニアには「こども企画準備室」という子どもたちが企画に参加するグループがあります。実際に現場で一緒に実証実験をしたり、時には現場からなかなか伝わらない声を子どもたちがスポンサー企業の役員達に対してプレゼンをするということも有りました。子供から大人が学ぶことも非常に多く、相乗効果的にキッザニアのプログラムが良いものになっていきました。これらの経験から油井さんは子供のため、広くは地域のためになにか出来ないかと考えるようになりました。

 

東北とはこれまであまり縁がなかった油井さんですが、東日本大震災を経て、炊き出しをするために宮城県の沿岸部をめぐり始めたのがきっかけです。テロを経験していた油井さんは他人事とは思えず毎週末東北に駆けつけ、なにかできることはないかと探し回りました。 そうして出会ったのが雄勝町です。初めは雄勝中学校の校長先生と出会い、震災当時満足な食事が出来ていなかった状態の子ども達に、なんとか給食の時だけでも温かい美味しいごはんを食べさせてあげたいという校長先生の熱い思いに動かされ、お弁当を届けるようになりました。そこから発展し、塾がなくなってしまって高校進学ができるかどうかわからないという状況を見た油井さんたちはボランティアで学習塾も始めました。周りの知り合いに声をかけると支援したいという方も大量に現れ、支援を継続してきました。次に初めたのは、仮設住宅に暮らしていてなかなか雄勝町に帰ることが出来ないという子供たちを対象に、自分たちで子どもたちを迎えに行き、雄勝の家を借りて今のMORIUMIUSのようなことを初めたのが現在の活動のきっかけです。

 

 

活動を続ける中、今の活動拠点である旧桑浜小学校の廃校を地元の方から紹介されます。調べてみるとこの廃校の所有者は民間であり、そのオーナーさんから「震災復興・こどもの為に・雄勝のためになるのならばどうぞ使ってください」という言葉を頂き、トントン拍子で話が進み2013年にこの校舎を改修ことを決めました。油井さん自身も、この雄勝という場所は環境が素晴らしく、人を引きつっけるエネルギーを持っている場所で、こども達が楽しく活動するイメージが湧き上がり、このワクワクする場所でチャレンジしようと思い2013年にキッザニアを退社し、雄勝のために働き始めました。

 

まずはボランティアの皆さんと床や壁を取り払い、DIY的に修繕する作業から始めました。しかし、築90年ともなる木造校舎は中を見れば見るほど朽ちている場所が発見されます。これをそのまま修繕するとなるとかなりのお金がかかり、取り壊して新たにコンクリートの建物を建てるのも良くない事はわかっていました。いかに校舎の風景を残しつつ修繕していくかをポイントに集まってくれたボランティアや卒業生の方と共に動き出しました。

 

Facebookを通じて修繕風景を公開していると、ある日突然高知から神社などの修繕を行っているチームが駆けつけてくれました。彼らは持ち込んだ機材を使って校舎をジャッキアップし、なんと半年がかりで基礎を直してくれました。「お金は払えるようになったらで大丈夫だから」と職人達が毎日修繕を手伝ってくれます。インターネットを通じて情報発信をするだけで、こんな人達が来てくれるんだと、人が関わってくれる余白を創ることが大切だと感じました。それからもたくさんの著名な建築家や各専門分野の人達が駆けつけ、MORIUMIUSの計画の手助けをしてくれました。  

 

クラウドファンディングも初め、1年連続で毎月テーマを変えて12回行いました。1回の資金調達ごとにお風呂を作ったり、工房を作ったりと目的に透明性を持って公開し、見事12回連続でも苦行学を達成。毎月100人ほどの支援者が出資をしてくれてくださり、ボランティアで来てくれた人達やその知人たちがメインの出資者でした。おそらく12回連続で毎月クラウドファンディングを成功させたのは世界で油井さんだけでしょう。

 

その他にも様々な支援を経て、MORIUMIUSは完成。生活排水は自然浄化してすべて再利用できるようにしたり、教室は寝室や食堂となり、お風呂も完成しました。単に一次産業を体験するのではなく、自然の循環を学びます。森と海でとそこで暮らす人から自然と共に生きることを体験して学ぶ、サステナブルを意識しています。ゴミの概念ほとんど無く、ゴミ業者が回収するのはビンとペットボトル程度です。そして、震災から雄勝の人達がどう生きてきたかということを交流から学ぶことも子どもたちには大切だと考えます。 

 

また、たくさんの専門家の方々にもプログラムの中でお越しいただいていますMORIUMIUS側から関わる余白を作ったりプロジェクトを作って上げることで、普段ならば関わる余地がない人たちでもその余白を見て関わってくれるのです。ポイントは自分でやりすぎないこと。自分らしさを全面に出してぶつけるのではなく、いい協調性のもと同期して行くのが大切だと語ります。

 

http://moriumius.jp/

 

最後にこれまでの取り組みを振り返って、以下のようにまとめてくだり、講義は終了しました。

・自分の気持ちに素直でいる

・諦めなければいつか成功する

・考える<行動することで形になる

・頼り、巻き込むからこそインパクトが起きる

 


 

米良さんはオープニング会、第一回講義で先生をしてくださった、この大学ではおなじみの飯田さんの繋がりでお越しいただきました。米良さんが大学時代に飯田さんの以前の職場である広告代理店にインターンをしていることがきっかけで、その繋がりが今でも続いています。今回は米良さんと飯田さんの二人で対話的にREADYFORでの取り組みのお話をいただきました。

 

 

休日で少人数制の大学ということも有り、用意されたプレゼンを発表するよりはインタラクティブに話を広げて行きたいということで、プレゼンではなくREADYFORのサイトを見ながら講義は開始されました。

 

READYFORは2011年3月29日にサービスを開始した、日本初のクラウドファンディングサービスです 。

https://readyfor.jp/

 

お金の透明性をテクノロジーで見えるようにすることがクラウドファンディングの役割だと考え、現場にしっかりお金が流れるということが確信出来てから震災関連のプロジェクトへの関わりを始めました。

 

2011年5月に宮城大学の学生達がオフィスに訪れ、義援金としてお金を大量に預かっているが、現場になかなかお金が流れていないという話を聞きます。それをなんとかREADYFORを使って解決できないかと相談を受け、そこから震災関係のプロジェクトの支援をはじめました。

 

まだ日本ではクラウドファンディング自体が初めてのサービスで、当時は数十万円を集めるだけでも大変ねプジロジェクトでした。飯田さんも関わっているISHINOMAKI2.0でも当時クラウドファンディングを利用し、フリーペーパーを作ることが出来ました。

https://readyfor.jp/projects/voice1

 

2011年から2014年にかけて、約200件の震災関係プロジェクトを応援してきました。震災を経て単なる支援ではなく、震災から立ち上がるために何かを頑張りたいという気持ちをREADYFORでは応援し続けています。

 

2017年に米良さんはガンであることが診断され、7ヶ月仕事を休む機会がありました。これまで経営者として走り続けて来ましたが、改めて20代を振り返り未来を考える良い機会だったと語ります。その期間を経て、最近のクラウドファンディングでは医療や基礎研究に関するサポートのプロジェクトが多くなって来ました。また、短期的に成果が現れるようなプロジェクトだけでなく、長期的に見て成果が現れるような領域のプロジェクトも応援するようになりました。

 

これまでのクラウドファンディングは個人からチャレンジする人にお金を寄付する仕組みでしたが、今挑戦している事は企業とコラボレーションして企業からもお金をいただいて様々なプロジェクトを応援しています。そうすることで、社会に流れるお金の量を増やすことを目標としています。そういった部分にREADYFORの独自性がどんどん生まれて来ていると話します。

 

米良さんが起業したきっかけはまさに”とりあえずやってみよう”の精神でした。飯田さんの会社にインターンをしていた時にあるパラリンピック競技の監督からお金が集まらずなかなか活動が出来ないという相談を受け、投げ銭ができるWEBサービスを立ちあげました。そこでインターネットを通じて知らない人からお金を集めるということに魅力を感じました。アメリカに留学してクラウドファンディングの原型となるなる部分を勉強しました。

 

 

今ではかなり大きなプロジェクトも応援するようになったREADYFORですが、初めのきっかけはだれか一人を助けたい、隣人を応援したいという気持ちから始まったプロジェクトです。この仕組を利用してお金を集めると返済の義務は無く、あるとしてもお礼の品を送る程度です。ですが利用者の多くは出資をしてっくださった方々に恩を感じ、しっかりとした責任感をもって「もっとしっかりやらなければ」と奮起するそうです。

 

初めの一歩にもっと気軽に挑戦できるような社会にすることが自分の使命だと考え、大変ながらも経営に楽しく挑戦しています。気軽に初めの一歩を踏み出せる社会にすることで、初めからこの事業に賭けるといった挑み方ではなく、まずはやってみて、楽しいと思えてから本腰を入れるという事ができるようになればと考え米良さんは今日もチャレンジャーを応援し続けています。

 

ここからは油井さん、米良さん、飯田さん、渡邉さんの4人でトークセッションに移りました。通常講義でここまで豪華なのは、初めてかもしれません・・・!

 

 

次回のとりあえずやってみよう大学はいよいよ石巻でのフィールウドワークです!