「石巻でのプロローグ」|齊藤 文哉|石巻市地域おこし協力隊

「石巻でのプロローグ」

初めまして。この1月より地域おこし協力隊に就任いたしました、齊藤文哉(さいとうふみや)と申します。神奈川県横浜市で生まれ育ち、1年間仙台市内で勤務したのち、昨年10月に石巻へ移住してまいりました。まだまだ石巻1年生ですが、すでに街の皆さんのあたたかな人柄に触れながら、石巻への愛を育んでいます。

猫派なので、田代島は天国です

協力隊として私が活動拠点としている団体は、Active Life Lab(以下、Lab)です。渡波地区にある素泊まりのゲストハウス(簡易宿泊所の一種)、「Active Life Yado」を運営しながら、牡鹿半島の付け根にある蛤浜の海でSUPやカヌーなどのアクティビティを提供しています。市内出身であるLab代表の宮城(みやぎ)がガイドを担当し、海遊びや石巻の魅力を余すところなくご紹介しています。海も山も美しく、市街地から自然までの距離も近いーそんな石巻だからこその体験を、観光客の方はもちろん、市内の皆さんにもぜひご参加いただきたいと思っています。

初めてカヌーを海で漕いだ日

ところで、私自身は大学時代に「史学科」に在籍し、中学・高校社会科目の教員免許を取得するなど、歴史や文化に親しんできました。特に関心があるのは、「地域史」「郷土史」と呼ばれる、土地に根付いた歴史を探究する分野です。いわゆる教科書で学ぶような表舞台の歴史だけでなく、全国各地で小さな物語が紡がれています。そして、その一つ一つがまちのキャラクターを作り出し、物語を知ることがまちへの理解を一段と高めてくれます。

大学時代はギターボーカルでした

例えば、石巻においても興味深い歴史があります。私が拠点とする渡波地区の裏手にある「牧山」には、蝦夷(えみし)の一族の頭である「魔鬼女(まきめ)」という女性が最後までヤマト政権に抗ったという言い伝えが残っています。また、そこから西へ移動した湊地区には、南北朝時代に権力争いのため殺害されたと言われる「護良(もりよし)親王」が、実は都から生き延びて逃げ隠れたという言い伝えがあり、湊に現存する字である「御所入(ごしょのいり)」「隠里山(かくれさとやま)」は親王にまつわるものとされています。さらに、「吉野町」という町名は、護良親王が吉野にある「南朝(=朝廷)」の人物であったことに基づき、昭和30年代に制定された地名です。日常的に接する場所や地名に隠れる逸話を知ることで、何気ない日常に興味深い魅力が感じられるようになる。これこそが、私が郷土史に関心を持つ所以です。

話が脇道に逸れてしまいましたが、私はLabでの活動にあたり、これまでの海のアクティビティだけにとどまらず、地域全体の面白みを体感できる機会を作りあげたいと考えています。例えば街や山を歩きながら地域のこれまでの足取りを体感したり、地域とともに歩んできた人物たちをテーマにweb記事を執筆したりと、より多角的な視点から石巻を照らし、それを私自身も全力で楽しんでいきたいのです。

ラーメン大好きです!Yado近くの善谷にて

石巻の皆さん、改めましてこれからどうぞよろしくお願いいたします!そして、歴史や文化など、皆さんがご存知の地域のことをぜひ私にたくさん教えてください。好奇心を前面に、思い切り石巻に染まっていけたら幸いです!

齊藤 文哉
株式会社Active Life Lab(受入先)
https://www.instagram.com/activelifelab

横浜市港北区出身。立教大学文学部史学科で、都内の高級住宅街に遺る古墳を調査・研究しながらバンドサークルの活動に本腰をいれる。卒業後は大手旅行会社の仙台支店で教育旅行を中心に営業・添乗を経験。2026年1月より現職で地域の魅力の発掘と発信に取り組む。ラーメンのスープは最後まで飲む派。


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